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「小川の庄」設立に至るまで(小川の庄二十年の歩みの前の出来事です)
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小川村には昭和30年代の初めに、「こだま会」という地域に住む青年達の同志的集まりがありました。青年達の職業は様々でしたが、仕事を終えて毎晩のように公民館に集まって地域の将来について話し合っていました。
ある時、村の教育長さんから「最近は子供の数が急激に少なくなり、今年生まれた赤ん坊が小学校に入学してくる頃には、1年生の数が半分になってしまう。」という話を聞き、小川村の行く末に強い危機感を持ちました。この危機感に駆り立てられ、若者たちは村をより良くするための検討を真剣に行うようになりました。
しかし、資金も技術もない青年達に具体的な構想を描くことは出来ませんでした。そこで、『村を発展させるために外に出て見聞を拡げて技術を蓄え、10年後には必ず村に戻って力を合わせて村づくりをしよう』と固く約束しました。そして、ある者は村役場を辞めて食品加工の会社へ転職し、ある者はその決意を胸に現在の仕事に必死に励みました。
それから16年の年月が経った昭和61年に、「こだま会」の7人の仲間達で地元農協、食品加工会社、地元住民が共同出資する第三セクター方式による新しい村づくり事業として「小川の庄」を設立したのです。そして、「こだま会」で良く話し合っていた『この村に住む人が、生涯現役で生き甲斐を持って働けること』を経営の理念にしたのです。
会社名の「小川の庄」は、かつて平安時代に北安曇郡美麻村から小川村、
中条村、 長野市の一部を範囲としていた荘園が「小河庄」と呼ばれていたことに由来しています。「小川の庄」の命名には、小川村だけでなく歴史と文化を同じくするこれら地域の、共通の発展と連携を実現しようという願いが込められています。
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